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ちらくism

野沢和弘コラム

[ プロフィール ]
野沢和弘/千楽chi-raku 副理事長 静岡県熱海市出身。1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞入社。いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などを報道する。論説委員(社会保障担当)を11年間務め、2019年10月退社。現在は植草学園大学副学長・教授、一般社団法人スローコミュニケーション代表、東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」主任講師、社会保障審議会障害者部会委員、障害者政策委員会委員なども務める。
重度の知的障害(自閉症)の子がいる。浦安市に住んでいる。
主な著書に「スローコミュニケーション~わかりやすい文章、わかちあう文化」(スローコミュニケーション出版)、「なんとなくは、生きられない。」「障害者のリアル×東大生のリアル」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」「殺さないで~児童虐待という犯罪」(中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)、「福祉を食う~虐待される障害者たち」(毎日新聞社)「なぜ人は虐待するのか」(Sプランニング)など。
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ALS患者の孤独〜嘱託殺人をどう裁く

医療技術の進歩は寝たきりの状態になった難病患者の命を長らえるようにした。24時間体制でヘルパーが介護に入れば、家族のいない人でも生活できる。しかし、患者の孤独や苦悩は医療や介護では解消することができない。社会保障の充実の陰で置き去りにされてきたものがある。ALS患者の嘱託殺人事件が社会に問いかけるものは重い。

ALS患者は気の毒か?

「体は目だけしか動かず、話すこともできず呼吸苦と戦い、寝たきりで窒息する日を待つだけの病人にとって安楽死は心の安堵と今日を生きる希望を与えてくれます」

 ツイッターには悲痛な言葉がいくつも残されていた。京都市のALS患者の女性(当時51歳)は1911月、自宅を訪れた2人の医師に薬物を投与され死亡した。9年前に発症し、当時は寝たきりに近い状態だった。

 医師たちとは面識がなく、ネットで知り合ったとみられる。医師の口座には女性から130万円が振り込まれていた。京都府警は2人の医師を嘱託殺人容疑で逮捕した。

「こんな身体で生きる意味はないと思っています。日々の精神・身体的苦痛を考えると窒息死を待つだけなんてナンセンスです。これ以上の苦痛を待つ前に早く終わらせてしまいたい」。海外で合法化されている安楽死を計画したが、付添人が自殺ほう助罪に問われる恐れがあるため断念したこと、ALS治療薬のニュースに触れて安楽死への思いを留保したとの記述もあった。

 ALSは原因不明、治療法もない神経難病で、発症すると2~5年で全身の随意筋が麻痺して死に至る。嘱託殺人に手を染めた医師は許せないとしても、ALS患者の闘病生活の過酷さに同情する人は多いだろう。

 同情論の先には尊厳死や安楽死についての論議が待っている。しかし、今回の事件を安易に一般論へ展開してはならないと思う。女性は安楽死を望んでいることを何度も訴えているが、それは正常な判断能力に基づいたものだったのか。精神や身体の苦痛を緩和したり取り除いたりする方法はなかったのか。患者に同情する前に考えるべきことがある

 全身が動かなくても生きる希望を持ち続けている人もいる。50歳のころにALSを発症し、すでに何年も寝たきり状態が続いている岡部宏生さんは「(女性を)気の毒だという人が圧倒的に多いけれど、実はどういう人が気の毒かということ自体が差別なのです」と言う。「命に違いがあって生きる価値のある者とそうでない者があるなんてことは勘違いなのに。まるで価値のある命と価値のない命があると錯覚してしまう」。

 寝たきりの状態になったからといって、ただちに価値のない命と決めつけてはならないと言うのだ。岡部さん自身、自力ではほとんど動けない体で各地を飛び回り、海外の国際会議で発言したこともある。体が動かないことを理由に安楽死を容認されたのでは、自分自身を否定されたような気持ちになるのかもしれない。

揺れる患者の気持ち

 岡部さんに対しては反論もあるだろう。若くて熱心なヘルパーに24時間体制で介護され、活動的な日々を送っている。しかし、そんな生き方ができている人はまれで、生きがいを持てない生活をしている患者の方が圧倒的に多いのではないか、と。

 ALSを発症しても、五感や記憶、知性をつかさどる神経は以前と同様に働く。周囲が何を言っているのか、自分をどのような目で見ているのかを感じ取り、絶望感や疎外感を抱いたとしても不思議ではない。何か言いたくても、介助者と視線が合わなければ気づかれないまま時間は過ぎていく。呼吸器が外れていても介助者が気づかなければ死に至る。そのような危うい命綱にすべてを委ねて生きているのがALSの患者である。

 しかし、一人の患者の中にも絶望と希望は混在しており、落ち込む時も生きがいを感じる時もある。「死にたい」と思う気持ちは状況次第で変わる可能性はある。「ALSのような過酷な病気だと死にたくなることがよくあるのは当たり前です」と岡部さんは語る。「私も今でも辛いことがあると死にたくなるのです。生きたい気持ちと死にたい気持ちを繰り返しながら、日々を過ごしているのです。その辛いとき死にたいときに死ぬ方法を具体的に検討できたら、どんどんその気持ちを固めていってしまいます。もう生きたいという方に戻ってこなくなります」。

 がんをはじめとした他の病いでも病状の進行につれて患者の気持ちは揺れる。身体的苦痛や不安、孤独感からうつ状態になり、正常な判断ができなくなる。死にたいと思っても、苦痛の緩和や周囲の励ましなどで気持ちが変わることは珍しくない。

 終末期医療のガイドラインで、家族や看護師が治療や介護の方針を患者と繰り返し話し合って計画を立てるACP(アドバンス・ケア・プランニング)が採り入れられたのはそのためだ。心身の状態の変化等に応じて、本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針や、どのような生き方を望むか等を、日頃から繰り返し話し合って記録することを求めたものだ。

 医療スタッフと家族だけでなく、介護従事者や患者が信頼できる友人なども意思決定のプロセスを共有する対象とされている。病気を「治す」ことに価値の比重を置く医師は、「治らない」状態になった患者の生きる意味を十分に理解できるとは限らないからだ。「治らない」患者が生きることに否定的な価値観しか持てない医師もいるだろう。嘱託殺人容疑で逮捕された2人の医師がまさにそうだ。歪んだ価値観に洗脳されていたとしか思えない言葉が医師のブログにたくさん書かれている。

生きるために必要なこと

 揺れる患者の気持ちに寄り添い、生きる希望を患者が再び見つけるためには何が必要だろうか。岡部さんが真剣に安楽死を考えたのは7年前だったという。「(自殺ほう助を合法化している)スイスに行けば死ねることを知りました。そのときに自分も死ねるのだと知ってどれほどほっとしたことか。それから具体的に誰に連れて行ってもらうか、いくら払えばよいか、まで考えたのです」。

 7年前というのは最愛の奥さんを亡くしたころだ。絶望の淵で具体的に死の方策を練っていた心情が痛いほど伝わってくる。しかし、岡部さんは死を選ばなかった。「自分をスイスに連れて行ってくれる人は、ある程度私の介護ができないと無理なのです。そうすると、その人に残る傷を考えたらとても言い出せないことがわかって、結局自分は死ねないのだと思ったものです」

 自分のためではなく、自分を支えてくれる人に重い十字架を背負わせないために死ねないと思った、という言葉の意味は深い。いじめ、虐待、ひきこもり、自殺、うつ、依存症。平和で豊かではあるが、生きにくさを感じている人が社会にあふれている。決して生きやすくはない時代を生きている私たちにとって、生きるためには何が必要なのか、ということを岡部さんの言葉は示唆している。

 家族や近隣、職場での人間関係が薄れ、私たちは煩わしさから解放される一方で孤独になった。孤独は私たちの精神を腐食する。かつて、WHOが日本の自殺率の高さについて疫学調査を実施したところ、重要な要因として挙げたのが「lack of connectedness :孤立」だった。

 では、誰かがいつもそばにいれば「孤独」や「孤立」ではないのかと言われれば、そうではないと思う。京都の女性はいつもヘルパーが介護のためにいたはずだ。それでも孤独感や疎外感に苦しんでいたのである。

 東京大学の「障害者のリアルに迫るゼミ」を私が担当するようになって岡部さんには毎年、教室に来ていただき、学生たちとディスカッションをしてもらっている。学歴社会を勝ち抜くことを最優先に生きてきた学生の中には、目標を見失ってうつろな心を抱えている学生も少なくない。身体的自由を失い、死に直面しながら生きている岡部さんの言葉に、「心の翼」で自由に飛び回っている姿に、学生たちは激しく心を揺さぶられる。そうした反応が、動かない身体にフィードバックして岡部さんは自らの存在意義を確かめているように思うときがある。

 この世界をひとりで生きていけるほど人間は強くない。自分の言葉や存在そのものが誰かに影響し、自分もまた誰かを求めている。心が震えるような感覚を伴うふれあい、社会の中で生きているというリアルな実感が人間には必要なのだと思う。

 ALS患者の嘱託殺人事件は、従前の医療や福祉では救えないものを私たちに突き付けている。